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2026年2月2日 : 時空研ブログ
旅の締めくくりに訪れた“偶然以上”の再会
ツアーが無事に終わり、参加者の皆さんと別れた後、主催メンバーが博多駅近くの居酒屋に立ち寄った。数えきれないほどの店が並ぶ中、ふと入った一軒で、なんとツアー参加者の二人と再会した。偶然とは思えないほどのタイミングと場所の一致に、その場は一気に歓喜の空気に包まれた。
旅の間、参加者同士の意識が調和し、場のエネルギーが高まっていくのを何度も感じていたが、この再会はその象徴のようだった。意識が整い、波長が揃ったとき、人は“必要な人と必要な瞬間に出会う”。これは時空研が大切にしている高次元的な流れそのものだ。
旅の最後に訪れたこの出来事は、単なる偶然ではなく、参加者全員がつくり上げた“場”が引き寄せた必然のように感じられた。意識が共鳴すると、現実は驚くほどスムーズに動き出す。そのことを静かに教えてくれる、美しい締めくくりだった。
旅の間、参加者の表情や雰囲気が日ごとに変わっていくのを感じた。自然の中に身を置き、神話の地を歩き、言霊に触れ、笑い合い、同じ時間を共有することで、ひとりひとりの意識が静かに整い始める。意識が整うと、場のエネルギーは自然と高まり、そこにいる全員が同じ波長で呼吸をするようになる。すると、不思議なことに“ミラクル”と呼びたくなる出来事が次々と起こり始める。
龍雲の出現、偶然の再会、心に響くメッセージ、ふとした瞬間の気づき――それらは偶然ではなく、意識が共鳴したときに生まれる必然の流れだ。旅は単なる移動ではなく、意識を変えるための“場”そのもの。高千穂での時間は、参加者全員が自分の内側にある静かな光を思い出し、それが互いに響き合うプロセスだった。
旅が終わった後も、その波動は続いていく。意識が変わると、日常の景色さえも違って見える。旅は外側の移動ではなく、内側の進化を促す道のりなのだと深く感じさせられる体験だった。
2026年2月1日 : 時空研ブログ
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2026年2月1日 : 時空研ブログ
高森田楽が教えてくれる“土地のエネルギー”
高千穂の旅で味わった「高森田楽」は、単なる郷土料理ではなく、土地のエネルギーそのものをいただくような体験だった。炭火を囲み、山女魚、豆腐、茄子、里芋などを串に刺してじっくり焼き上げる素朴な料理だが、素材の香りが立ち上るたびに、この土地が育んできた自然の息吹がそのまま伝わってくる。火を囲んで食を共にする時間は、参加者同士の心をゆるめ、旅の流れの中で生まれた“場”をさらに深めてくれた。
高森田楽は、派手さはないが、身体が喜ぶ味わいがある。山の恵みをそのまま受け取るような感覚は、まさに「自然と人が調和して生きる」という時空研の理念とも響き合う。旅の中で訪れる土地の食文化は、その地域の歴史や意識の積み重ねを映し出す鏡でもある。高森田楽を味わう時間は、私たち自身の感覚を静かに整え、自然とつながる感覚を思い出させてくれる貴重なひとときだった。
2026年1月31日 : 時空研ブログ
「笑いの練習」が心を整える理由
旅の途中、参加者全員で行った「笑いの練習」。最初は少し照れくささもあったが、やってみると驚くほど心が軽くなる不思議な体験だった。掛け声は「我が魂の底の底なる神よ、無限の喜び湧き出でよー! さあ笑いましょう!」というもの。これを合図に、全員で思い切り「アッハッハ!」と笑う。たったこれだけなのに、場の空気が一瞬で明るくなり、身体の奥からエネルギーが湧き上がってくる。
笑いには、ストレスホルモンを減らし、免疫力を高め、心を開く効果があると言われている。特に“作り笑い”でも効果があるというのが面白いところだ。意識的に笑うことで、脳が「楽しい」と錯覚し、心身がポジティブな方向へ引き上げられていく。
高千穂という神聖な土地で、全員が声を合わせて笑う時間は、まるで心の浄化儀式のようだった。旅の疲れも吹き飛び、参加者同士の距離も一気に縮まった。笑いは、最もシンプルで、最も強力な“心の調律法”なのだと実感した瞬間だった。
2026年1月30日 : 時空研ブログ
七五三縄の意味と高千穂に息づく文化
高千穂の町を歩いていると、家々の玄関や建物に「七五三縄(しめなわ)」が掛けられているのが目に入る。一般的なしめ縄とは少し違い、三つの縄が七・五・三の長さで編まれているのが特徴だ。これは古くから続く高千穂独自の文化で、地域の人々にとっては“日常の中にある神聖”を象徴している。
七五三という数字には、古来より「調和」「成長」「区切り」といった意味が込められている。特に高千穂では、神々が降り立った地として、日常生活の中にも神聖さを宿す意識が強く、この七五三縄はその象徴的な存在だ。旅の途中で見かけるたびに、土地の人々が自然や神々と共に生きてきた歴史を感じさせてくれる。
観光で訪れるだけでは気づきにくいが、こうした文化に触れることで、高千穂という土地が持つ“目に見えない豊かさ”がより深く伝わってくる。七五三縄は、ただの装飾ではなく、この地に流れる精神性そのものだった。
2026年1月29日 : 時空研ブログ
天安河原の圧倒的エネルギーと神秘の空間
天の岩戸神社を後にし、渓谷沿いの美しい道を歩いていくと、突如として巨大な岩のアーチが姿を現す。そこが「天安河原」。天照大神が岩戸に隠れた際、八百万の神々が集まり、どうすれば光を取り戻せるかを話し合ったとされる場所だ。写真で見るとただの洞窟のように見えるが、実際に立つとその印象はまったく違う。
まず感じるのは、空気の密度が変わるような“場の力”。静寂の中に、どこか温かい気配が漂い、自然と背筋が伸びる。参加者の多くが「ここは特別だ」と口を揃えたのも頷ける。無数に積まれた石の塔が祈りの歴史を物語り、川のせせらぎがその場全体を浄化しているようだった。
撮影禁止のため写真には残せないが、むしろそれが良かったのかもしれない。目で見る以上に“感じる場所”だからだ。天安河原は、言葉では説明しきれないエネルギーが満ちた、まさに神々の会議場だった。
2026年1月28日 : 時空研ブログ
天の岩戸神社で体感した言霊エの開示
天の岩戸神社を訪れたとき、まず感じたのは「空気の重み」だった。観光地としての賑わいはあるものの、境内に一歩足を踏み入れると、まるで別の層に移動したような静けさが広がる。今回の旅のテーマでもあった“言霊エ”の話を思い出しながら歩いていると、古事記の物語が現実と重なり合っていくような感覚があった。
天照大神が隠れたとされる天の岩戸。その象徴的な場所に立つと、「閉じられたものが開く」というストーリーが、自分自身の内側にも響いてくる。言霊エが封じられ、そして開示される──その流れは、まるで人の意識の目覚めを象徴しているようだ。
さらに興味深いのは、言霊エを祀る唯一の神社が、この近くの幣立神宮であるという“偶然”。旅のルートが自然とその流れに沿っていたことに、不思議な導きを感じずにはいられなかった。
天の岩戸神社は、ただの神話の舞台ではなく、意識の扉をそっと開いてくれる場所だった。
2026年1月27日 : 時空研ブログ
国見ヶ丘で感じた“気”の正体
国見ヶ丘に立った瞬間、まず感じたのは「空気の密度が違う」という不思議な感覚だった。視界いっぱいに広がる山々、澄み切った空気、そして静寂。そのどれもが特別なのだが、言葉にしづらい“気”のようなものが身体の内側にスッと入り込んでくる。高千穂は古来より神々が降り立つ地とされてきたが、その理由を肌で理解できるような場所だった。
朝日が昇るにつれ、空気がふわっと動き出し、まるで大地全体が呼吸しているように感じられる。参加者の中には「胸の奥が温かくなった」「涙が出そうになった」と話す人もいて、単なる景色以上の何かが働いていることを示していた。
“気”という言葉は曖昧に聞こえるが、実際にその場に立つと、確かに存在するエネルギーの流れを感じる。国見ヶ丘は、ただの展望スポットではなく、心の奥に静かな波紋を広げる特別な場所だった。
2026年1月26日 : 時空研ブログ
参加者だけが見た「龍の雲」──偶然か必然か
国見ヶ丘で朝日を待つあの時間、参加者全員が東の空に集中していた。太陽が昇る瞬間を逃すまいと、誰もが同じ方向を見つめていたのだが、その中でただ一人、北側の空に目を向けた人がいた。その人が見たのは、なんと“龍の形をした雲”。あとで聞いたとき、全員が「え、そっちにそんな雲が出てたの?」と驚いたほどだ。
龍雲は昔から吉兆とされ、運気の転換や新しい流れの象徴とも言われる。もちろん科学的に証明できるものではないが、旅の流れや参加者の意識の高まりを考えると、単なる偶然とは思えない不思議さがあった。誰も気づかなかったのに、その人だけが自然とそちらを向いたというのも象徴的だ。
旅には、こうした“意味深い偶然”がつきものだ。見た人にとっては特別なメッセージとなり、見られなかった人にとっても、物語として心に残る。高千穂の旅は、そんな小さな奇跡が積み重なっていく時間だった。
2026年1月24日 : 時空研ブログ
「幽体が膨らむと体も変わる」―波動で整える“心の場”の秘密
私たちの霊体は過去生の経験の蓄積であり、魂の目的を持って今世に生まれてきます。その霊体の心を蓄積する場が「幽体」です。幽体が膨れると、肉体にも影響が現れます。つまり、心の状態が体に反映されるのです。高次元波動を使うことで、幽体の波動を調整し、調和した状態へと導くことができます。これは単なる癒しではなく、心の場を整えることで、人生全体の流れを変える技術です。メンタルレベルまでの波動を変えることで、エテル体・幽体・肉体すべてに作用し、より高い次元の生き方が可能になります。
2026年1月22日 : 時空研ブログ
「有限の世界に無限を映す」―心がつなぐ高次元と現実の架け橋
私たちが生きる三次元の世界は有限ですが、その中に無限の世界の表現が存在しています。無意識界や絶対の世界は目に見えませんが、心の働きによってその存在を感じ取ることができます。有限の世界は、心によってのみ想像され、創造される。つまり、心が高次元の世界をこの現実に表現する架け橋なのです。この視点に立つと、物質的な世界の中にも精神性の高い表現が可能になります。第三文明の発展とは、まさにこの精神性の表現の拡張であり、心の使い方がその鍵を握っているのです。
2026年1月21日 : 時空研ブログ
「ラーメンが教えてくれた心のSOS」―食欲と波動の関係性
疲れたとき、無性にラーメンや味の濃いものが食べたくなることはありませんか?それは、体の疲れを癒すためというより、心の暗い部分を慰めるための行動かもしれません。波動が下がると、ストレスやイライラが生まれ、それを紛らわせるために刺激的なものを求めるようになります。タバコやお酒も同じで、心の不調が行動に現れるのです。逆に、心が清まると、散らかった部屋が気になり、自然と片付けたくなる。つまり、三次元の空間は心の状態を映す鏡。波動調整とは、心の暗い部分を光で満たすこと。その結果、生活習慣や環境も自然と整っていくのです。食欲の裏にある心の声に耳を傾けることで、自分自身の波動を見直すきっかけになります。
2026年1月21日 : 時空研ブログ
「部屋が散らかる理由」―心の波動が空間に現れる仕組み
部屋が散らかっているとき、それは単なる怠けではなく、心の波動が乱れているサインかもしれません。心が清まると、空間も整えたくなる。逆に、心が汚れていると、散らかった空間の方が“落ち着く”と感じてしまうこともあります。三次元の空間は、私たちの心の状態をそのまま映し出す場。だからこそ、波動調整をする際には、心の浄化が不可欠です。生活の中で清潔さを保ち、人間関係に気を配り、悪い習慣を改めることが、心の波動を高める第一歩。波動調整はエネルギーの操作だけでなく、心の掃除でもあるのです。空間を整えることで、心も整い、結果として人生の流れも変わっていく。そんな相関関係を意識することが、日常をスピリチュアルに生きる秘訣です。
2026年1月19日 : 時空研ブログ
雲海は見えずとも…高千穂で出会った神秘の朝日
九州スピジャニ談
今回の旅の目玉のひとつは、高千穂の町を一望できる国見ヶ丘での“雲海鑑賞”だった。事前の案内でも「雲海が見える絶景スポット」として紹介していたため、参加者全員が期待を胸に夜明け前から集まった。しかし残念ながら、この日は雲海は姿を見せなかった。自然相手の旅ではよくあることだが、やはり少し悔しさが残る。
ところが、その代わりに現れたのは、雲海に勝るとも劣らない圧倒的な朝日だった。山々の稜線からゆっくりと顔を出す太陽は、まるで大地全体を祝福するかのような光を放ち、空気が一瞬で黄金色に染まっていく。参加者の誰もが言葉を失い、ただその光景に見入っていた。
自然はいつも予定通りにはいかない。しかし、だからこそ“その瞬間にしか出会えない景色”がある。雲海は見られなかったけれど、あの朝日の美しさは、むしろそれ以上の贈り物だったのかもしれない。
2026年1月18日 : 時空研ブログ
高千穂ツアーで体験した「神楽のトランス状態」とは
高千穂を訪れた今回の旅で、最も印象に残った体験のひとつが「神楽」だった。最初はただ座って眺めているだけのつもりが、15分、30分と時間が経つにつれ、意識がふっと別の層へ滑り込むような感覚に包まれていく。まるで潜在意識の奥へと沈んでいくような、静かなトランス状態だ。神楽は単なる舞ではなく、古来より神事として伝わってきた理由が、この体験で少し理解できた気がする。
太鼓のリズム、舞の動き、空間全体に漂う“気”。それらが重なり合い、観る者の意識を自然と整えていく。頭の中に残る余韻は強く、1時間があっという間に過ぎてしまった。現代の私たちは、日常の雑音に心を奪われがちだが、神楽のような伝統芸能には、意識を静め、深い部分へアクセスさせる力があるのだと実感した時間だった。
























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